7月14日(火)
予想最高気温は34℃。蝉が鳴き始めました。梅雨も開けたでしょう!
映画「崖の上のポニョ」を見ました。
やっとレンタルが始まって、先に借りていた、下の階のにいにいがビデオ屋さんに返しそびれた所を、「ちょっと見せて!」という感じで。
アメリカでは、「オカルト映画」に分類されるらしい、宮崎駿監督の映画。
監督がこの映画に込めたメッセージは、
「進化をもう一度!」
だと感じました。
お魚のポニョと男の子とのラブストーリーは横に置くとして、監督が訴えたいものは、そこかなー、と。
ミョーに「風の谷のナウシカ」=世界再生、とかぶりましたね。そのメッセージが。
以下、長々と批判めいたことを書きますので、そういうのが好きでない方は、今日はここまでにしといてください。
では!



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さて。
宮崎監督の映画は、「となりのトトロ」以外は、途切れ途切れにしか見ていないので、久しぶりに最初から最後までじっくり見たことになります。
そして、そのメッセージは、「人間はどうしようもない悪」「それに代わる存在が必要」、結果、「進化をもう一度!」と感じたわけです。
進化論では、カンブリア紀から、歴史が始まります。
突然に複雑な生物が大量に発生するので、これを「カンブリア紀の生物大発生」みたいに言います。
これを、ポニョの父であるフジモトが「カンブリア紀の・・・をもう一度!」
と言うセリフがあります。
「デボン紀は良かった・・・」(=魚類程度しかいなかった昔が良かった・・・)みたいなセリフもあったような。
今の進化した人間では、世界はダメになる、違う生物による支配、違う世界が必要だ!、と。
フジモトはその準備中なわけです。
その「次の世界」に生きるべきポニョが、脱走して現在の世界とつながりを持ったことで、世界の大騒動(海面の異常な上昇)が起こった。
ポニョで、進化論がもっと日本人に刷り込まれたのではないでしょうか?
(もう、ここまで来ると、日本は進化論洗脳国家と言っても言いすぎではないでしょう。)
次に。
「母」信仰、女神信仰のにおいがプンプン。
ポニョの母親は、「母なる海」です。 お父さんは、なぜか人間を捨てたフジモト。
男の子(そうすけ)の母親は強いお母さん。 お父さんは、家に帰ってこないで仕事ばかり。影がうすーーーい。
すべての話が、お母さんを中心に進んでいきます。
キリスト教の「父なる神」に対抗するのが、「母なる神」です。
古代ヨーロッパの女神信仰、それが教会に入り込んだマリア信仰、日本の天照、など、みーんな「女神」です。
母なる大地・地球、母なる海、・・・みーんなお母さん。
ポニョのホームページをのぞくと、紹介に
「アンデルセンの人魚姫をモチーフにして、キリスト教色を払拭した・・・」
と、宮崎監督の言葉。
わざわざ前書きに書くほど、キリスト教がお嫌いのようです。
「キリスト教=父なる神」に反発すると、「母なる神」に行くのですかね?
「ラピュタ」や「トトロ」では、巨木信仰がメインテーマだったですが。
さて。もうそろそろ終わりにしましょう。
じゃあ、私はどう考えているか?
①「前の進化」も、「次の進化」も、ない。
聖書には、「はじめに、神(創造主)が、天と地を創造した」とある。(創世記)
すべての生き物は、「発生した」のではなく、「創造された」ので、これ以上生物の種類が増えることはないし、進化することもない。
②人間は悪いので滅びなければならない、のではない。
確かに、人間によって「環境破壊」とかあるかもしれないが、それは人の罪によるものであって、人は罪を赦され罪をきよめられて、変えられる。
自然も、創造主によって回復される。
人間は、良い意味でも悪い意味でも、自然を大きく左右できる「支配者」だから、人間が良く変われば、自然も良く変わる。
③この世界を根本的に変えるのは、進化ではなくキリスト。
進化論では、この世界は完成に向けて進んでいるのですが、聖書の世界観では、まずこの世界は完成した。 現在の世界は、完成したところから壊れている途中。(時々修理・回復もありますが。)
なので、放って置けばどんどん壊れる。
根本的な解決は、キリストがもう一度来られる時(再臨)までありません。
宮崎監督も、博学でしょうからキリスト教についてはご存知のはず。 福音とキリストの愛に触れてほしいです。
いや、ここまで反発されるのは、教会に行ったことがあるけど、嫌な思いをさせられたから、かな?
ともかくも、この宮崎監督の影響力が、キリストと反対の方へ注がれるのではなく、キリストの栄光のために活かされてほしいと思いました。
長々と書きました。最後まで読んで下さった方、お疲れ様でした。
次回からは、簡単にしますね。



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