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2011年7月 3日 (日)

「決断」ではなく「選び」

7月3日(日)
早朝、というより夜中です
最近よく目が覚めてしまいます。

今日は、思い切りクリスチャンの方むけに書きます。
ホームスクールにも、あまり関係が無いかもしれません。
興味のない方は、そのままスルーして下さい

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

三男の入院の少し前、近くの教会に
福島の佐藤彰先生が来られるというので、
ムスメを連れてお話を聞きにいきました。

佐藤先生の教会は、福島県双葉郡大熊町、
つまり福島第一原発と同じ町にありました。
地震・津波・原発の三重苦の中、
教会員と共に3度4度と避難所を流浪する日々が
続いた様子を、お話してくださいました。

60年も前に、宣教師が教会を始め、
多くの方々の祈りの中、
教会は成長しました。
原発はあとから町にやってきました。
2年前にようやく
「100年大丈夫」という立派な新会堂を
立てた矢先の被災でした。

先生が震災後に書かれた本を、
三男の入院中、付き添いの合間に読んでいて、
とても教えられたことがあります。
それは、「選び」という考え方です。

「聖書はすべて選びの世界ですから、
私たちの思いで決断して、なんでも取捨選択して、
道を切り開くという世界ではないのです。
そうするともう神様が60年も前から
震災に耐えられる人々を起こし、そのために
信仰の養いをし、そして避難所にいても、肩寄せ合っても
絶対に神様の恵みを体験するものとして
選ばれたのではないかなと思うのです。
(『流浪の教会』佐藤彰著から抜粋)」

このことを集会でも、繰り返し話されていました。

確かに聖書の中には、
「決断」という言葉が(新改訳の中での検索ですが)
一回もでてきません。

それに対して、
「選び」は、旧新約で64回。繰り返し出てきます。

(選ばれた、選ぶを加えると151回)

「決断」の主体は私たちです。
でも、「選び」の主体は神様です。

イエス様ご自身も、
「今日は、父なる神のためにあれをしよう。
これをしよう」と自分の才覚を生かして道を
取捨選択はなさいませんでした。
いつもただ、神様の御心を求めていました。
人々が大勢集まっている絶好の伝道のチャンスの時でさえ、
一人静かなところへ退かれて祈られることもありました。
それは、
神様と交わり、
神様の選びを知り、それを確信し、
信じて行うこと、その過程こそ、
私たちに示したい模範だったのかなと思います。

選びを知る。み言葉の中で、祈りの中で、
神様とのコミュニケーションの中で、それを受け取る。
それこそ、私たちのあるべき姿なのかなと思います。

そう思うと、私たちの今置かれている場所は
自分の「決断」の数々によって導き出されたのではなく、
ただ神様に選ばれて置かれた場所。
そのために、備えられた恵みの賜物に満ちていると
思うのです。

なんだか長年のもやもやが、
すうっと溶けたような気がしました。

そう考えると、自分を取り巻く環境にも
自分の役割にも、神様の愛と意志が、恵みが
あふれています。

「全てを剥ぎ取られて、本当に大切なことは
そんなに多くないと気づかされました」と
佐藤先生が書かれています。

私たちに何ができるか、
私たちにどんな才覚、チャレンジに答える力があるか、
ではなく。
神様は、私をどこに置き、私に何を語っておられるのか。
それが本当に大切です。
もっと、神様の思いを知りたい。
そう、思わされました。

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コメント

この前はわざわざ来てくださってありがとうございました。

大切なことシェアしてくれてありがとうございます。
決断ではなく選び。なんですね。
アーメン

またゆっくり交わりたいです。

投稿: もわ | 2011年7月 3日 (日) 05時59分

もわちゃん
こちらこそ、突然押しかけて嵐のように帰ってしまってごめんね
短い時間だったけれど、あるくんに会えて嬉しかったです

とても心に深く感じたので、書いたのですが、うまく書けずまどろっこしくなってしまいましたが、同じ恵みを共有してくださって、嬉しいです。

次回は、ぜひゆっくり~

投稿: かずしママ | 2011年7月 4日 (月) 03時08分

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